嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「俺がココにいちゃ悪い?」


いつもよりずっと低い声。
思わず肩が震えてしまうほどだ。


「わ、悪くないけど……」


愛想笑いを浮かべたけれどすぐにやめて唇を結ぶ。
だって冗談なんか通じないくらいキミは怒っているから。
沈黙に耐えきれなくて俯いた。
正輝の顔は見なくても怒っているのは分かる。
でも、きっとその中には哀しみも交じっているから。
その顔を見たくないんだ。


「……」


黙り込んでいればキミは私の腕を引っ張って歩き出した。
バシャバシャと飛び交う水しぶき。
そのせいでキミまでずぶ濡れで。
でもそんな事はお構いなしで歩き続ける。

さっき私が歩いて来た道を辿って。
もう2度と戻ってくる事はないと思っていた砂浜に足がついた。


「正輝……あの……」


声を掛けようとした瞬間に、バチンと乾いた音が響き渡った。

波の音も、誰かの心の声も。
何も聞こえないくらい遠く感じた。

私を支配するのは左頬の痛みと心の痛みだけだった。


「ふざけないでよ……何でっ……何でこんな馬鹿な事っ……」


震えたキミの声。
涙を堪えた瞳。
歯を食いしばって震えた唇。
不自然に上がっているキミの右手。

それを見ながら左頬をそっと抑えた。

何も話せない。
言葉が口から出てこない。

だってキミは自分の事の様に傷ついているのが分かったから。
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