嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「ちょ……正輝……?」


手を引くけれど、キミは止まる事はしなかった。
私たちの足は再び水の中へと入っていく。

冷たいとか、寒いとか。
今はそんな事はどうでも良くて。

キミを引き止める事だけが頭の中を支配していた。


「……正輝ってば!!」


何度呼びかけても、正輝は歩みを止めなかった。

1歩ずつ踏みしめて。
水を掻き分けて。

少しずつ世界から遠ざかろうとしている。

正輝は本気だ。
本気で私と一緒に死のうとしているんだ。


「……」


体は冷たいのに。
繋がれた手だけは異様に熱くて。
何故だか泣きそうになる。

別に死ぬ事が怖い訳ではない。
元々、死ぬつもりだった。
だから後悔なんてない。

だけど、正輝を巻き込む訳には……。
色々な感情が頭の中をグルグルと回っていく。


「……俺はアンタと一緒ならそれだけでいいんだ。
だから、和葉が責任を感じる事はないよ」

「正輝……」


私の心を見透かした様にキミは笑う。
穏やかな正輝の笑顔は、今から死のうとしている人間の顔には見えなくて。
寧ろ、幸せそうに見えるんだ。


「最近、アンタと一緒にいられなかったから。
凄く嬉しんだ、こうやって和葉が俺の隣にいる事が」


本当に幸せそうに笑う正輝が何よりも綺麗で。
時間が止まったように感じた。

でも、体だけは止まらずに。
私たちはどんどんと水の中に進んでいく。

さっき私がキミに止められた場所。
脹脛が水に浸かったくらいで私は笑みを浮かべていた。
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