嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
あるアパートの部屋のチャイムを躊躇いもなく押すキミ。
それは正輝がよくココを訪れている事を表していた。
ズキンと痛む胸に気が付かないフリをしながら真っ直ぐと前を向く。
そうすれば、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
激しく揺れ動く心臓、ゴクリと唾を飲み込めば影が目に入ってくる。


「やあ正輝クン、いらっしゃい」

「すみません突然」

「いやいや、頼ってくれて嬉しいよ!
えっと……お連れさんが固まってるけど大丈夫?」


2人の会話を聞きながら呆然とする私。
正確に言えば、部屋から出てきた人を見て固まっているのだけど。

だって、目の前で笑顔を浮かべる先生は、中世的な顔立ちをしているが男性だ。

年齢は30代くらいで。
少し、やんちゃそうな笑顔が特徴的な人。


「ねえ、どうしたの?
アンタさっきから様子がおかしいけど」

「だ、だって綺麗って言ったから……女の人かと……」


やっとの思いで声を絞り出せば、目を丸めるキミと先生。
そして2人同時に吹きだした。
ケラケラと笑う正輝たちを見ていればカァーと顔が熱くなっていくのが分かる。


「俺が女!?やばい、面白すぎっ!!」

「アンタそんな事で変になってたの?」


先生と正輝は遠慮ナシに笑うと苦しそうにお腹を押さえていた。
そんな2人を見ながら少し居心地の悪さを感じていれば隣にいた正輝にコツンと頭を小突かれた。


「それに、綺麗って言葉はアンタが俺に向かってよく使う言葉じゃん。
外見じゃなくて、心の事を言ったんだよ、俺は」


言われてみればそうだった。
正輝に綺麗だって何回も言った事がある。
それなのに、キミから聞いた瞬間に外見の事だって勝手に脳内変換をしていた。


「……もういいじゃん!笑いすぎっ!」


未だ笑うキミの腕を叩けば、微笑ましそうな視線が向けられる。


「仲良いね君たち」

「っ……」

「なっ……」


先生の言葉に同時に固まる私たち。
その顔は2人とも真っ赤に染まっていた。


「まあ、とりあえず上がりなよ。今、タオル持ってくるからさ」


先生は私たちを家の中に招き入れてくれた。
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