嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「あの……お風呂ありがとうございました」


ペコリと頭を下げながら部屋へと戻る。

ずぶ濡れの私たちに、先生はお風呂を貸してくれたんだ。
後でいいと言ったのに正輝が譲ってくれて私が先に入ったけど。
そう思いながら2人に視線を向ければ相変わらずの笑顔の先生と私を見ながら固まる正輝が目に映った。


「温まった?」

「あ、はい!本当にありがとうございました」

「全然、って言うか俺の服ぶかぶかだったね、ごめんな」

「とんでもないです!感謝しかないです」


先生のスエットを貸してもらった私。
身長差があるせいか大きいけれど有難い事に変わりはない。


「正輝?」


さっきから黙り込むキミを見れば真っ赤な顔をしたまま私を見ていた。


「あらら、正輝クンには刺激が強かったみたいだな」


ニヤリと笑う先生に正輝は『うるさい』と呟くとお風呂の方へと姿を消してしまった。
何が何だか分からず首を傾げていれば先生は『座りなよ』と促してくれる。

小さくてお洒落なガラスのテーブル。
その手前にちょこんと正座をして座る。
向かいには悪戯っ子の様な顔をしながら笑う先生がいて、少し恥ずかしくなってしまう。


「和葉ちゃん」

「は、はい」


名前を呼ばれて、思わず背筋を伸ばせば可笑しそうに笑う先生が目に映る。
よく笑う人。それが先生の印象だった。
基本的に誰かの笑顔はあまり好きではなかった。
だって心では皆、笑っていないから。
でも、この笑顔は好きだ。
だって裏表がないんだもん。
胸の中が熱くなるのを感じていれば、先生は柔らかい笑みを浮かべながら口を開いた。


「俺はずっと君に会って見たかったんだ」

「……えっ?」


予想外の言葉に目を丸めれば先生は小さく頷く。
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