嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「……なんか青春って感じだな……。
もどかしくて見ていられない」


呆れた様にタメ息を吐く先生。
文句のひとつでも言ってやろうと先生の方を向いたけれど。
開いたのは口ではなくて、目の方だった。

あまりにも近い所にある先生の顔。
先生も少し驚いた様に目を丸めていた。

目と目が合ってトクンと胸が高鳴るけれどそれは反射的なモノだった。
正輝と目が合った時とは違う胸の高鳴りに戸惑っていれば後ろから低い声が聞こえてくる。


「何してるの?」

「わっ!?」

「え!?」


先生と私は同時には離れて後ろを振り返った。
そこには顔を顰める正輝が立っていた。
首にバスタオルを掛けながらジトッとした目で私と先生を見ている。


「別に何もしてないさ。
それより正輝!ちゃんと温まったか?」

「うん、そんな事より何してたの?」


先生の質問を軽く受け流しながら正輝は近付いてくる。
でも、その行先は先生ではなくて私の所だった。


「ねえ、何してたのって聞いてるんだけど」


正輝は座っている私の前に腰を下ろすとグイッと顔を近付けてくる。
正輝と視線が交じり合えば、一気に顔が熱くなるのが分かる。
先生の時とは違う胸の高鳴りが私を襲うんだ。


「え、えっと……」


恥ずかしさから顔を背ければ正輝の手が伸びてくる。


「ちゃんとこっちを向いて」


大きな手のひらが頬を包み込み顔の位置を戻していく。


「あー……俺ちょっと出掛けてくるわ!
すぐ帰って来るから留守番よろしく頼むわ!」

「ちょっ……先生!?」


テーブルに無造作に置いてあった鍵を掴むと、逃げる様に走っていく先生。
数秒後、バタンといやに大きな音が部屋へと響き渡った。
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