嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
どれだけそうしていたかは分からない。
ただ黙ったまま抱きしめ合っていれば遠くの方でガチャリと小さな音が聞こえた気がした。


「……あっ……」

「ん?どうしたの?」


声を漏らした私を不思議そうに見てくる正輝。
でも、抱きしめたまま私を離そうとはしなかった。


「先生帰ってきたみたい!だから離して?」

「……」


声は聞こえているはずなのに、正輝は腕の力を緩めようとはしなかった。
それどころかさっきより強く抱きしめてくる。


「正輝?」

「嫌だ」

「はい?」

「絶対に離さないから」


そう言って背中に回っていた手に力が籠められる。
痛いくらいのその力に戸惑っていればだんだんと足音が近付いてくるのが分かる。


「ちょっ……正輝!先生来ちゃうからっ……」

「いいの」


押し返そうとしてもビクともしなくて。
正輝も男の子なんだなって実感をさせられる。
そんな呑気な事を考えていれば『あっ』と小さな声が後ろから聞こえてきた。
どうやらもう遅かったみたいだ。
恥ずかしさから振り返る事も出来ずに固まってしまう。
正輝の腕の中で。


「お帰り、先生」

「た、ただいま……?」


冷静な正輝に対して先生は戸惑いながらも返事をしていた。
先生の反応が正しいんだ。
驚かない訳がないもん。
普通にしていられる正輝がおかしい。
そう思いながらも動けずにいれば正輝は首を傾げる。


「どうしたの?」


キョトンとした顔をする正輝を1発でいいから殴りたい。
こっちはこんなに恥ずかしい想いをしているというのに。
何故この人はこんなにも普通なんだ。
キッと睨めば益々、キョトンとする正輝。


「何でそんなに怖い顔をしてるの?」

「もうっ!いいから離してよ!」

「嫌だ」


どんなに睨んだってキミは私を離そうとはせずに、ぎゅっと抱きしめてくる。
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