嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「それよりアンタの方が大変そうだけど」

「え?」

「ここに来た時のアンタの顔……海で見た時と同じ顔をしていたから」


海で見た時の顔。
その言葉に正輝と初めて会った時に言われた言葉が蘇ってくる。


『アンタの顔、凄く苦しそうだったから。
……遠くからでも分かるくらい』


自殺をすると勘違いをされた時にそう言われたっけ。
その時と同じ顔って相当なんじゃあ。
苦笑いが浮かんでくるが心配を掛けたくなくて首を横に振った。


「そんな事ないよ」

「嘘」

「え……」


否定をした途端、正輝の鋭い視線が私を貫いた。
それと同時に私の頭に響く声。


「(そんな辛そうに笑わないでよ)」

「う、嘘なんかじゃ……」


思わず目を逸らしてしまう。
辛そうに笑ってるのは私じゃなくて正輝の方でしょ。
その言葉を呑みこんだのは彼の視線が痛いくらいに突き刺さっていたから。


「無理しなくていいよ。
どうせ俺には嘘なんて通じないから」

「それってどういう意味……?」

「分かるから。
嘘ついているかついていないかくらい」


その言葉は思いつきで言った様にも、冗談で言った様にも聞こえなかった。
だって彼の声は真剣で。
疑う事すら頭に浮かばない様な不思議な感覚。

正輝の言葉は信じられるんだ。
自分でもおかしいと思えるくらいに。


「……そっか。
でも、無理してるのは正輝も同じでしょ?」

「え……」

「違うの?」


私の言葉が聞こえていないみたいに、正輝は呆然と私を見ていた。


「(俺が無理をしている?
そんな訳ない……だって……)」


ふいに視線が外れ、頭の中から声が消えた。

どうやら自分でも気が付いていないらしい。
あの哀しそうな笑顔に。

そう思うと余計に心配になった。

握っていた手を離して彼の背中に触れようとしたけれど。
彼に掛ける言葉が見つけられなくて。
不自然に上がった手を力なく降ろした。
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