嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
消毒の匂いが鼻を掠めて。
誰かの話し声が耳に届いて。
変な機械音が部屋に響き渡る。

私の目の前にはテレビの画面でしか見た事がない光景が繰り広がっている。
小さな個室の病室で変な機械に繋がれたキミ。
そんな正輝をベッドの脇に置かれた椅子に座りながらジッと眺めていた。

私の目には確かにキミが映っている。
でも、映っていない。
そんな不思議な感覚。


『何とか一命を取り留めました。
ですが、目を覚ますかどうかは正輝くん次第です』


少し前にお医者さんに言われた言葉。
それを思い出しながらただキミを見つめていた。


「正輝次第ってなによ……医者なら……お医者さんなら何とかしてよっ……」


力なく呟かれた言葉は機械音だけが流れる静かな空間に消えていく。

祈るように手を重ねて目を瞑る。

神様お願いします。
正輝を助けて下さい。

普段なら信じていない神様。
だけど、本気でそう願わずにはいられなかった。


「正輝クン!!」

「あっ……先生……」

「和葉ちゃん!?大丈夫!?」


激しい音とともに開いた扉。
入ってきたのは正輝のカウンセラーの先生だった。


「せんせっ……」


病院に着いてから、必死で堪えていた涙。
正輝を信じて、流さないと決めた涙。

でも、知った顔を見た瞬間。
私の目からは涙が溢れ出てきた。


「先生ッ!!正輝が……正輝がっ!!」

「大丈夫、大丈夫だから……」


止まる事が知らないかの様に涙は出てくる。
取り乱した私を先生はしっかりと抱きしめながら励まし続けてくれた。
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