嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「一ノ瀬、カンニングの件、大っぴらにしてくれてありがとう」


一瞬だけ嫌味かなと、誤解しそうになったけれど。
山本くんは本気で感謝をしているみたいだ。
だって目が真剣なんだもん。
それは正輝も感じ取ったのか、戸惑った様に私を見つめてきた。


「……」


私は黙ったままコクンと頷く。
正輝も頷き返して、山本くんの方に視線を戻した。


「お礼なんか言わないで。
俺はアンタを苦しめた、だから……」

「苦しんでなんかないさ!」


哀しそうな正輝の声を振り払う様に山本くんは笑った。
偽りなんて言葉が思い浮かばないくらいの満面な笑み。
それを見たら少し胸の中心が温かくなっていく。


「だってカンニングなんてしてまで点数を取ろうとした自分の愚かさに気が付いたから。
いくらプレッシャーに押しつぶされたからって、人間としてやっちゃいけない事をした。
それは反省しなきゃいけない。
もし、お前が言ってくれなかったら、誰にも気が付かれず、俺は何度だって同じことを繰り返してたと思うから。
だから……1回目で気が付かさせてくれてありがとな……!」


ニカッと笑う山本くんの笑顔は輝いて見えたのは私だけではないみたいだ。
正輝も目を見開いたまま彼を見つめていた。


「ほら正輝!何か言ってあげなきゃ!」


固まる正輝の手をギュッと握りしめれば『う、うん』と戸惑いながらも返事をしてくれる。
何を言おうか迷っているのか、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。
でも漸く決まったのか、キミは1度だけぎゅっと唇を結んだ。


「どういたしまして……?」


考えていた割には短くて。
私と山本くんは笑ってしまう。
そんな私たちを見ながら正輝は不機嫌そうに口を尖らせた。


「もういいよね?」

「あ、あと1つ!」

「……なに?」


ピクリと眉を動かす正輝。
それと対照的にニコヤカな笑顔を浮かべる山本くん。
次の瞬間、驚きの言葉が耳へと届く。
< 289 / 336 >

この作品をシェア

pagetop