嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「ただいま」

「ただいま」


お兄ちゃんと家に入れば黒い革靴とパンプスが玄関に置いてあった。
お父さんたち帰って来てるんだ。
そう考えていればお兄ちゃんが私の頭を少し乱暴に撫でた。


「大丈夫、俺がついてるよ」


頼もしいお兄ちゃんに手を引かれながらリビングへと向かう。
ガチャリと扉を開ければ、パタパタと足音を立てながらお母さんがキッチンから走ってくる。


「和葉!
貴方どうしたの!?
学校から留守電が入ってたわよ!倒れたって!」

「え、えっと……」


何て言おうか迷ってしまう。
倒れたのは事実だけれど。
その理由を話す訳にはいかない。
人の心の声を聞いて倒れたなんて、言えるはずがない。
考え込んでいればお母さんが催促をする様に私の肩を揺らす。


「貧血で倒れたみたいだ。心配はないよ」


答えたのは私ではない。
チラリと横を見ればお兄ちゃんもこっちを見ていた。


「(話を合わせろよ)」


頭の中でお兄ちゃんの声が響き渡る。
ありがとう、そう心で呟いて小さく頷いた。


「そうなの、もう大丈夫だから」

「……まったく。
大丈夫ならよかったわ、今日は早く寝なさいよ」

「はーい」

「じゃあご飯にしましょうか」

「うん」


手伝おうとすればお母さんに座ってなさいと怒られた。
そこまで心配をしなくてもいいのに、そう思っていれば目を細めたお母さんと目が合う。


「(本当に使えない子)」

「っ……!?」


言葉にならない悲鳴が口から洩れていく。
今、なんて言ったの……?


「和葉?(何よ、まだ顔悪いじゃない。
病院なんて行かないでよ、お金が掛かるし)」


響き渡るお母さんの声が胸を引き裂いていく。
何も考えたくなくて目を逸らすけれど、今度はソファーから立ち上がったお父さんと目が合った。
< 44 / 336 >

この作品をシェア

pagetop