嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「大丈夫か和葉?(煩いな、早く飯にしてくれ)」

「だ、大丈夫……大丈夫だから……」


そう言ったけれど、目の前が真っ暗になっていく。
もう何も聞きたくない。
お願いだから……何も言わないで。


「和葉、部屋に行こう」

「う、うん……」


私の変化に気が付いたのかお兄ちゃんが肩に手を回して支える様に歩き出した。
リビングを出て2人で階段を上がって。
奥の私の部屋までお兄ちゃんは着いて来てくれる。


「大丈夫か?」

「……うん、ありがとう」


無理して引き上げた口角。
プルプルと震えていたけれど大丈夫。
まだ笑える、笑えるから。
必死に言い聞かせて笑顔を作る。


「無理するなよ」

「……うん」


お兄ちゃんはポンと私の頭を撫でて、隣の自分の部屋へと入っていく。
1人になった私は部屋の中に入り、そのまま床に座り込んだ。

何も聞こえない静かな空間。
少し暗くて、じめっとした部屋。

それは私の心を表している様で。
何も考えたくなくて目を瞑って全てを放棄する。

見る事も、聞く事も、考える事も。

全てを忘れて。
何処かに行きたい。

醜い心の声が聞こえない、綺麗な世界に。

そんな所、ある訳がない。
頭では分かってはいるけれど。

もう、何も聞きたくないんだ。

固く目を瞑っているのに浮かんでくる1人の男の顔。
それはさっきまで一緒にいた正輝だった。


「まさ……き……」


キミの名前を呼ぶと。
キミの顔を思い出すと。

胸が熱くなるんだ。

キミの傍は、キミの隣は。
私の希望だから。

正輝の隣だけが、綺麗で、何も考えないで済む。


「会いたいよっ……正輝……」


暗い部屋の中で、何度もキミの名前を唇で刻んだ。
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