嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「アンタの顔、凄く苦しそうだったから。
……遠くからでも分かるくらい」


彼はそう言って俯いた。
表情は見えないけれど体が僅かに震えていた。
私の手首を掴む力もさっきより強くて、少し痛いくらいだ。
でも、何も言えなかった。
震える彼を見ているとさっき感じた腹立たしさも消えていく。


「……ごめん……紛らわしい事をして」

「……本当だよ、ちゃんと反省しなよ」


少し上からの口調。
普段ならムカつくのに、何でだろう。
この人に言われると。
ちゃんと素直に受け止められるんだ。


「うん、反省する」


そう言って頷けば『ん』と彼も頷く。
俯いたままだった彼の顔がゆっくりと上がる。
交わる視線に頭の中で言葉が響いた。


「(さっきはごめん)」

「さっきはごめん」


それとリンクをする様に声が出される。
真っ直ぐなその瞳は、今まで見てきたどんなものより綺麗だった。


「……ううん、大丈夫」


戸惑いながらも首を横に振った。
この気持ちのままでいたくて彼から視線を外す。


「大丈夫じゃないでしょ?
……凄く濡れてるし」


申し訳なさそうなその声にズキリと胸が痛んだ。
それが本当の気持ちかなんて言葉だけでは分からない。
だから。
恐いと思いつつも私は彼と視線を交じり合わせた。
< 7 / 336 >

この作品をシェア

pagetop