嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
「あーもうこんな時間だー」


長い間、ずっと抱き合っていて。
体を離した瞬間に言った言葉がこれだった。
私の目にはもう涙は無くて、頬や腫れた目にはその形跡は少し残っているけれど。
心の中は晴れ晴れとしていた。


「こんな時間って……まだ2時だけど……?
……何か用事でもあるの?」


その言葉に『ああ』と納得した様に声を上げた。
キミには言っていないし、知る訳がないか。
そう思いつつ口を開いた。


「私の家ココからちょっと遠くてさ」

「遠い?」

「うん」


クルリと向きを変えて自分が帰る方向を指さす。


「ずーっと遠くなの」


ニカッと笑えば正輝は少し驚いた顔をした。
でも、掛かる時間を言ったらもっとビックリするんだろうな。
心の中で苦笑いを浮かべていれば、急に正輝の手が私の手を握りしめた。


「送ってく」


迷いなくそう言うとさっき私が指をさした方に向かって歩き出した。
でも、慌ててその手を引っ張る。


「待ってよ!
本当に遠いからいいって!!」

「遠いなら尚更でしょ。
アンタを1人にすると危ないし」

「危ないってどういう意味よ!!」


軽くキミを睨めば『んー』と唸りだすキミ。
考えないと分からないなら言わないでよね。
苦笑いを浮かべれば正輝は『あっ』と言って私の方に顔を向けた。


「迷子になりそう」

「こら」


なるか。
その言葉を呑み込んでタメ息を吐く。


「慣れてるから大丈夫」

「じゃあ、襲われそうだから駄目」

「お、襲われそうって……。
大丈夫、襲われるような可愛い顔してないし」

「まあ、その目だからね」


正輝は腫れた私の目を見ながらクスリと笑っていた。
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