嘘つきの世界で、たったひとつの希望。
何でそんなに怖い顔をしているのか。
何でそんなに拳を握りしめているのか。

知りたいけど、知りたくない。

とてもじゃないけど聞けなくて。
お兄ちゃんの横顔を見つめる事しか出来なかった。


「……和葉?どうした……?」


視線に気が付いたのかゆっくりと私の方を向くお兄ちゃん。
その顔はさっき見た怖い顔なんてどこにもなくて。
いつもの優しいお兄ちゃんの顔だった。


「な、何でもない……」


目が合う前に視線を逸らす。
意識してやった訳じゃなくて、自然に顔が動いた。

今はお兄ちゃんの顔を見るのが怖い。
何故かそう思ったんだ。


「……そう」

「……ご馳走様でした」

「もう食べないの?」

「うん……勉強しなきゃいけないから」


お母さんは不思議そうに首を傾げていた。
食器を流しに運びながら返事をすれば『そう』と返される。
いつもなら、それに笑顔を返すけれど、今はその余裕すらなかった。
一刻も早くこの場を去りたい。
その一心で足を動かす。


「和葉」

「な、なに……」


お兄ちゃんの座っている横を通り過ぎようとすれば、パシリと腕を掴まれる。
強制的に止められた足。
お兄ちゃんに触れられるなんて珍しい事じゃない。
いつもは安心するその温もりが、鳥肌が立つほど恐ろしく感じたんだ。


「……頑張れよ」

「う、うん」


ニコリと笑みを浮かべるその顔。
いつもと同じだけど、何かが違う。
私の直感がそれを訴えていた。
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