5年目に宝箱を開けたなら
言葉を失って立ち尽くす私をソファーから見上げ、なぜか千晴くんが楽しげに笑う。



「そうだよね、困るよね? 今まで散々避けてた俺が、また近くに住むようになるなんて」

「ッ、」



ハッとして、彼に視線を向けた。

その口元は弧を描いているのに、私を見据えるその目がまったく笑っていないことに気付く。

千晴くんの言葉と表情から、あるひとつの仮定が脳内にひらめいて。ぞわ、と、背筋に悪寒が走った。


……まさか。

まさか彼は……“あのこと”に、気付いてる?



「一花ちゃん」



あくまでやさしく、名前を呼ばれる。

同時に強く手を引かれてバランスを崩した私は、千晴くんの脚の間にひざをつく形になってしまった。

至近距離で目が合う。真剣なその眼差しから逃れられない。



「社会人になってから……いや、それよりも少し前からかな。ずっと、一花ちゃんは俺のこと避けてるみたいだったけどさ」



私の腰と手首を掴む千晴くんの手に、ぐっと力がこもった。

ああ、もう、あの頃とは何もかもが違う。筋張った手とか、目立つ喉仏とか、精悍な顔つきとか。

名前も見た目も、まるで女の子みたいにかわいくて。泥だらけになりながらサッカーボールを追いかけていた無邪気で『弟』のような彼は、もういないのだ。

今、私の中で──千晴くんは、完全に『男』になってしまった。



「……じゃあ、なんで。なんであの最後の日、俺に、キスしたの?」
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