ひるなかの一等星
優さんとの出会いは、高校1年生の時、県立の図書館でのこと。
『隣いいですか?』
少ないテーブルの空席が、私の隣に一つしかなく、彼は本を数冊持ってそこへ現れた。
『どうぞ······』
私は脇に置いていた本を自分の方へ引き寄せ、場所を開けた。
『ありがとう』
『いえ······』
にこりと私に笑顔を向けた彼は、ゆったりと椅子に背を預けて本を開いた。
(あ······)
『その本』
『え?』
『あ』
つい声に出してから、私は後悔した。
『ごめんなさい、何でもないです······』
『······?』
本から目を逸らして顔を俯けた私に、彼が首をかしげたのがわかった。
そして彼は自分が持っている本のページををぱらぱらとめくって、
『あぁ』
それを見つけると、なぜか可笑しそうに目を細めた。
『これ?』
開いて見せたのは、欠落した見開きのページ。
端のページ番号が132ページから135ページに飛んでいる。
『······』
私は黙って頷いて、彼の顔を見た。
彼は笑顔を崩さずに私と本を見比べて、『この本、もう読んだんだ?』と尋ねた。
『あ、えっと······この間、読み終わったところで······あの、これ』
私は鞄から同じ本を出して差し出した。
この図書館では、同じ本は1冊しか置いていないということはあまりない。誰かが借りても他の誰かが借りられるように、もう1冊用意してあるのだ。
『こっちは破れてないので······』
『······』
私が差し出した本を、彼は目を丸くして見つめた。その表情からは、驚きと喜びと、それから、何か見たことのない感情が読み取れた気がした。
『ありがとう』彼はそう言うと、本を受け取って、その表紙を細い指先で撫でた。
『嬉しい。あの部分だけは1度も読んだことがなくて、もどかしかったんだ』
『読んだことがあったんですか?』
『うん』
ではどうしてわざわざそんな本を?
『このページを破った人の気持ちが知りたかったんだ』
私が質問する前に答えて、彼は破れたページの根本に触れた。
人為的に破られていびつに波打ったそのページは、彼に触れられる度、かすかに震えて相槌を打つようだった。
『······ページを破るような方が、お知り合いにいるんですか?』
『······ん。まぁね』
彼は曖昧に微笑むと、破れている方の本を閉じて、私が渡した本を途中から読み始めた。
『······』
私は自分の本に視線を戻して、彼がページをめくっては、なぜか負けまいとして自分も読むペースを速め、彼がゆっくり読み進めていると、めくられるのを待ってぼうっとしていた。
そうして過ごす穏やかな時間がたまらなく愛しく感じて、閉館と同時に彼と一緒に図書館を出ながら、また会えますかと尋ねた。
彼はわずかに頬を染めて、
『頻繁には来ないけど、月に1度はここにいます』
そう言って笑った。
さよなら、またね、そう言って別れ際に手を振ってくれた彼の笑顔が、いつまでも目に焼きついて離れなかった。
再開したのはその1週間後、学校の図書館で。私はそれから、教室の居づらさと引き換えに図書館に通うようになる。
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