堕天使と呼ばれる女
「大丈夫。
多分、スミレさんは知ってる。
…そう、ふたりとも知ってたの。
今日という日がいつか訪れる事を、ふたりともちゃんと知ってたんだよ。」
これは、和也に説明するというよりも、自分に言い聞かせるために口にしているという感じだった。
頭で分かっていても、さすがの聖羅だって冷静ではいられないって事を、和也は理解した。
「…呼んでくれば、いいんだな?」
「うん。」
そう静かに答えた聖羅は、精一杯に笑顔を作ったつもりだったが、実際にはかなりの苦笑いを和也に向けていた。
「わかった。」
その返事とともに踵を返して和也が部屋を出た後、聖羅は腰を抜かしてその場にドスンと座り込んだ。
白熱した会話を繰り広げているうちに、聖羅も和也も、知らず知らずのうちに椅子から立ち上がり、大きなデスクの向こうへ居た教授に対してのめり込むような体勢になっていたのだ。
座り込んだまま、聖羅は思い出していた。ここに来てからの、教授とスミレさんの様子を…。
そうだ…
渡辺教授に声をかけに行って戻ってきたスミレさんの目には、薄っすら涙がにじんでいた。
教授にコーヒーを出した時の、教授とスミレさんの会話は、よく考えてみれば“あとはよろしく頼む”的なニュアンスが含まれていた。
やっぱり、ふたりともこうなる事を知っていたんだ…。
きっと教授は、この日を迎える為に、投薬か何かでずっと延命してきたんだろう。
実際の体がこんなになるほど、教授は長い時間ずっと、寿命だけをひたすら延ばし、私が来るのを待っていた…。
何がここまで教授とスミレさんを突き動かしたんだろうか…。
聖羅は正直なところ、戸惑っていた。これからどうするかを…。
和也の力になりたいという気持ちも増してきていたし、何より病院に居る子どもたちを“実験地獄”から解放したかった。
例え、その地獄から解放する事が、命を奪う事に直結したとしても…。
これは、実際にその地獄を長年経験してきた人間の、率直な意見だ。
しかし、託された情報の量は、聖羅が少なくとも実現したいと思う“自分の目に映る人たち”だけを助けるには、多すぎた。