拗らせ女子に 王子様の口づけを
「秦野さん。今日はありがとうございました。気まずい思いもさせて、気も使ってもらって、すみません。又会社で」
ゆっくりと立ち上がり、秦野さんに向かって頭を下げた。
ふぅ。
と、一息吐き出して、
「奏兄、知ってた?私達って兄妹じゃないんだよ。ただ昔から知ってるってだけの他人なの」
声が震える。
まだ、まだ駄目だ。
泣くもんか。
奏ちゃんの前でなんて絶対泣くもんか。
奏ちゃんも何か言いたそうに眉を寄せる。
笑え。
精一杯の強がりでいいから、笑うんだ。
「あっ、奏兄。ここも奢ってね。ごちそうさま!じゃあね」
顔中の筋肉がひきつるほど力を入れて、今日一番の笑顔を見せる。
言葉をなくして眉間にシワを寄せたままの奏ちゃんを横目に入れて、ヒールを派手に鳴らせて店を出た。
時間的にも他に乗る人もおらず、1階に止まっていたエレベーターもすぐに上がって来てくれて一人乗り込んだ。
足元から崩れるように、エレベーターの中でしゃがみこむ。
こんな時間で良かった。
人目が無くて良かった。
ハハッ、と自嘲めいた笑いが口をつき、立ち上がって1階に着いたエレベーターから降りる。
タクシー乗り込みアパートに向かう。
タクシーの窓に寄りかかり、窓の外を流れる景色を見つめる。
あんなに泣きそうだったのに、何故か涙が出なかった。