溺れる人魚姫
彼は人魚に会ったことも
ないのだが
なぜだか
心のもっと深いところが
信じたくないと
男の話を拒絶していた。
「《確かめなくては。》」
誰に言うのでもなく
彼自身の国の言葉で
そうつぶやく。
男は聞きなれない
異国の言葉に一瞬だけ眼を見開いた。
「オニーサン。
その連続殺人犯とやらを捕まえるのは
やめといたほうがいいぞ。。
この酒場でルーンの海に
人魚退治に行くっつって
出て行った大男は数知れねぇーが
誰1人
生きてここに戻ってきたやつは
いねぇーんだ。
オニーサンの場合
あの弱虫なオウサマの命令だから
断ることは
出来ねぇかもしれねぇーがな。」
男がどこか遠い眼をした気がした。
彼はさっと椅子から立ち上がり
男の方をみた。
いつの間にか
周りは酔ってつぶれているのだろうか
静かになっていた。
「貴重な情報。礼を言う。
この目でそれが真実か
確かめてくる。
もちろん死を
死を覚悟で。」
男は彼を見上げた。
金の糸がほのかな光に照らされて
輝いた。
薄い紫は朝焼けの空のように
澄んでいて美しい。
「気をつけて。
また帰ってきたら一杯やろーや。」
そう言いつつ
グラスに一度眼を向け
また彼の方を見ると
そこにもう彼の姿はなかった。