【短編】ゆりゆり【百合】

途切れ途切れで覚えてることはあるのだが、家庭での記憶がごっそり抜けている。

 ただ、何も知らずにレイプされたことと、それがレイプだとわかったときのことだけは覚えている。

 たぶん私は、それのせいで男嫌いになってしまったのだと思う。

 そのへんは、当の自分でもよくわかっていない。

 医師から記憶を失ったところは記憶としてきちんと脳の中にある、そして治療をすれば思い出すことができると言われた。

 でも私にとって失われた記憶は、きっと最初から不要だった記憶で、これっぽっちも思い出したくはなかった。

「きーちゃん」

 海斗は優しい声音で私に語りかける。

「俺やっぱりきーちゃんのそばにいるよ、きーちゃんを守れるのは俺だけだ」

 海斗は言いながら一人納得して、私が入る余地もなく一人で問題を解決してしまった。

「私に海斗は必要ないよ」

「寂しくなったらいつでも連絡して」

 海斗はそう言って、私を抱きしめると、私の濡れた髪を触って、申し訳なさそうに「ごめんね」と謝ってキスをした。

 私はその瞬間、突然の吐き気に襲われた。

 今までは海斗となら大丈夫だったが、海斗にも拒絶反応が出てしまった。

「ごめん」

 私はそう言ってから、急いでトイレへ向かった。

 一通り吐き終えても、もう吐くものはないのにまだ吐き気がする。

「ねえ、その吐き気ってもしかして…」

 トイレのドアの向こうから海斗の声がした。

「まさかとは思うけど、つわり?」

「まさか」

 思わず声が出た。

 そんなわけないだろう。

 そもそもこのタイミングでつわりがくるようなときに、海斗と会ってないし、情事だってここ一年はしてない。

 呑気すぎるのか、気付かぬふりをしているのか、海斗は子供の名前はどうしようか、などと勝手に話を進めている。

 私は、海斗との恋人関係が終わる日も近いと確信した。
< 7 / 8 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop