クールな御曹司と愛され政略結婚
先輩がため息まじりに言い、なぜか私越しにどこかを見ているので、視線を追って振り返って、仰天した。



「と…灯!」



外を走ったんだろう、灯は軽く息を弾ませて、汗をかいている。

黒いデザインケースを提げて、店内を闊歩するように大股で歩き、私たちのテーブルまでやってくると、じろりと先輩を見下ろした。



「やっぱりな」

「別にスカウトしてたわけじゃないよ、今は」

「信じられるか」

「ほんとだもん」



濡れ衣を着せられてふくれっつらをする先輩を無視し、灯が私の腕をつかむ。



「行くぞ」

「ねえ、待ってよ、なんで」



返事はもらえず、私は慌ててバッグと上着をひっつかみ、引きずられるようにしてお店の外に出た。



「灯、もっとゆっくり歩いてよ」



灯に早足で歩かれると、走らないとついていけない。

訴えが届いたのか、灯の歩調が緩む。



「灯…」

「お前、海堂とふたりで会うとか、なに考えてるんだ」

「えっ」

「社内にはゼロのやり方を快く思っていない人間も多い。あいつの顔だってそのうち割れる。親しげにしてるところを見られたら、中傷を受けても仕方ないんだぞ、ましてやお前は、実際にゼロに誘われてるんだ」



灯の顔は、本気で怒っているようで、私は戸惑った。



「でも」

「しかも今はコンペの期間中で、うちの奴らもナーバスだ」

「そんなことで非難するような人たちじゃないよ」

「慎重になれって話だ!」
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