クールな御曹司と愛され政略結婚
声を荒げられたことなんてこれまでなく、びくっと身体が震えた。

それが伝わったんだろう、灯が私の手を離し、表情を和らげる。

きつくつかまれていた手首が、熱を持っていた。



「…悪い」

「ううん…」



駅に続く歩道の上で、お互い足を止めた。

私を振り返った灯が、ふと眉をひそめて、顔に手を伸ばしてくる。



「泣いてたのか、なんでだ」



目元を指で拭われ、私ははっとした。

しまった。



「あの、なんでも」

「なんでもないのに泣かないだろ」

「…ええと、相談してた」

「なにを」

「お姉ちゃんとケンカしたこととか…」



ごまかされてくれますようにと祈りながら、微妙に事実とずらして報告する。

丸ごと信じていいのか迷っているように、灯はしばらくじっと黙った。



「帰ったら、ちょっと話そうな」

「えっ」



厳しくはないものの、静かな声に、つい怯んだ。

こんなふうに、改まって話そうと言われたことなんてない。



「あの、でも、打ち合わせいくつかあるよね…」



帰社後のスケジュールを思い出して、あたふたとそう言うと、灯は一瞬目を丸くして、ちょっと困ったような微笑みを浮かべた。



「家に帰ったらって意味だ」
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