クールな御曹司と愛され政略結婚
「急だな」とぼやきつつも、灯は仕事を片づけに入る。

神さんが、デスクで紙に埋もれていた名刺入れを渡すついでにささやいた。



「ゼロについてどう思ってるか、聞いてこいよ」

「ですね、探ってきます」



手早く身支度を整えた灯は、私の後ろを通るときそっと声をかけていった。



「たぶん遅くなる。また今度」

「うん」



行ってらっしゃい、と微笑みかけると、安心したように向こうも笑って、私の肩に手を置いてから、入り口で待っている社長と合流する。

私の心は安心半分、不安が引き延ばされた苦痛半分。



「佐鳥さんも連れてってあげればいいのに」

「それじゃいかにもな売り込みになっちゃいますから」

「そう、野々原だから、息子連れてきちゃいました、で通るわけでさ」



私を気遣ってくれた若い社員に、神さんが状況を説明する。

社長はああして、会社でも灯を息子として扱うことを隠さない。

灯の特権的な立場を表立ってやっかむ人は少数派で、たいていは同情的だ。

ああしてみんなの前で露骨に特別扱いされることが、灯の立場をどれだけ難しくしているかは、ちょっと想像力を働かせればわかるからだ。


それでも生じるねたみ、ひがみは自分で処理しろ。

それが社長の、灯に課した試練。





『先方の社長と飲んでるんだって?』

「先輩の情報網って、どうなってるの?」



夜、お風呂から上がったところに来た着信は、一樹先輩からだった。

灯の不在は説明したものの、会っている相手や経緯は絶対に言えないので話さずにいたら、これだ。
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