クールな御曹司と愛され政略結婚
灯はデスクと相対する位置に置かれた応接用のソファに、すっかりふてくされた様子で身を沈めている。

ぬか喜びさせられた不満と、あのプレゼンで決めきれなかった不甲斐なさに襲われているんだろう。


入念に準備したプレゼンだっただけに、私も気落ちしている。

再提案となると、もう一度相当の時間と工数をかけなければならず、それが報われるとも限らないのだ。

しかも今度は、ほかの競合は排除され、ゼロとの一騎打ち。



「分が悪い。ゼロを残したってことは、あの新鮮さに少なからず惹かれてるってことだ。そこを採点に加味されたらうちはきつい」

「俺の部屋に来てまで泣き言か、優雅だな」

「席では言いたくねーんだよ!」



ここは灯がもっとも嫌う場所でもあり、最後に逃げ込む場所でもある。

社長令息の複雑な心情は、察してあげたい。

続き部屋から秘書の女性が顔を出し、「社長」と声をかけた。



「ご予定のお客様がお見えです。お通ししてよろしいですか」

「うん、頼む」

「あ、じゃあ私たち…」



もうお暇を、と灯を促して席を立とうとしたら、社長がなぜか「いていいよ」とにこっとする。

首をひねる私と灯のもとに連れられてきたのは、なんと。



「お父さん!」

「お」



チャコールグレーの三つ揃いをぴしっと着こなした、私の父だった。

そうか、だから社内がなんとなくきれいに清掃されていたんだな。

事務所部分も見ていく気だろう。



「むっちゃん、待ってたよー」

「俺もずっとここ来たかったんだよ、あっくん!」



席を立って出迎えた社長と父が、がしっと抱き合う。

ちなみに父の名前は佐鳥睦見(むつみ)という。


「いい年こいて」と灯が冷めた目でふたりを見上げた。
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