クールな御曹司と愛され政略結婚
「野々原、隠岐(おき)と組んでたよな、今?」

「はい、例のコンペのシリーズのディレクターを任せてます」

「あいつ、辞めたわ」



ジャケットを椅子の背にかけながら、灯がその意味を考えているのがわかる。

自動操縦のようにその作業を終えてから、ようやく言った。



「え?」

「ゼロに行った。隠岐以外にも何人か連れてってる。お前、制作スタッフ確認したほうがいいぞ」

「そうなんです、灯さん。カメラの三木谷(みきたに)さんもライターの間瀬(ませ)さんも、プランニングの目黒(めぐろ)さんも」



泡を吹きそうな勢いで、木場くんがまくしたてる。

そのラインナップを聞いた私も灯も、彼に負けないくらい青くなった。


…全部、今回のスタッフじゃないか!





「くそっ!」



紙資料の束を、灯がデスクに叩きつけた。

衝撃で何枚かが破れ、周囲に舞う。


隠岐くんはデスクの整理すらしておらず、引き出しの中にもデスクの上にも、まさに今私たちが手掛けているシリーズの資料が取り残されていた。

怒りが収まらない様子の灯が、拳でデスクを殴る。



「誰も気づかなかったのか!」

「灯…」



ディレクターたちの集まるデスクでも、噂は流れているんだろう、席にいた数名が、怯えと同情のまざった目つきでこちらをうかがっている。

手を置いた灯の背中は熱く、爆発的に燃える怒りを感じた。

悔しいだろうし、さぞ情けない気持ちだろう。


隠岐くんとはゆうべ、打ち合わせをしたばかりだ。

ゼロの戦略を予想して、それにどう対抗するかアイデアを出し合って、少ない期間でどうベストの提案まで持っていくか、さんざん議論して。

それが全部、口先だけだったなんて、裏切りにもほどがある。
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