クールな御曹司と愛され政略結婚
「灯、今日の打ち合わせは私が行くから。灯はこっちに専念して」



私のほうを見ず、返事もしない。

頭の中が怒り一色に染まって、それどころじゃないのが伝わってくる。



「騒がしいな」



その静かな声に、はっとフロアが静まった。

社長だ。

制作部長に用があったらしく、部長とアイコンタクトを取りながら指で会議室を指すと、灯に視線を戻す。



「どうした」

「…ゼロからの引き抜きだ。今の俺のチームがごっそりやられた」



社長は顔色ひとつ変えず、「そうか」と冷静に言った。



「お前の求心力不足だな」



灯の顔が、屈辱と腹立ちと、たぶん敗北感のようなもので歪む。

うつむいた前髪の向こうで、ぎゅっと目を閉じるのが見える。



「わかってる」

「中途半端な再提案をするくらいなら、棄権したほうがいい」

「わかってる…」



身体の横で握りしめられた灯の拳が、震えている。

社長は慰めも励ましもせず、きびすを返して会議室へ消えた。


立ち尽くす灯に、かける言葉がない。

こんなとき、自分はやはりセカンドなのだと痛感する。

やり場のない怒りも、今後に対する危機感も、この事態を防げなかった自分への失望も、灯の抱いているレベルには、きっと遠く及ばない。



「灯…」

「頭整理してくる」



灯は低くそれだけ言うと、唇を噛みしめて、私の横をすり抜けていった。
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