クールな御曹司と愛され政略結婚
一昨日ゼロと遭遇したとき、ディレクターである隠岐くんとプランナーの目黒さんは、一緒にいた。

あのときに、すでに引き抜きの話が進んでいなかったはずはない。

ゼロの姿に驚いていたように見えたのは、"あれが例のゼロか"じゃなくて、"こんなところでゼロに会ってしまった"という焦りだったのか。


今回のチームは、コンペへの挑戦権を灯が勝ち取ったとき、隠岐くんがぜひ自分を使ってくれと言いに来たのが始まりだ。

その野心家なところが、今回の離脱も招いたのかと思うと、皮肉。



「許されるんですかね、こんなの」

「別に法律違反してるわけじゃないし、せいぜいマナー違反程度で。灯もそれをわかってるから、ゼロや本人を責めないんだよ」

「だとしても、無責任だし恩知らずですよ、灯さんが気の毒すぎますよ…」



この一大事の間にも、別件は動いている。

私は木場くんに同行してもらって、灯と行くはずだった打ち合わせを片づけた。

容赦ない日差しの下、足元からも焼かれながら駅に急ぐ。


灯は大丈夫だろうか。

頭を切り替えることができているだろうか。



「灯さんのことだから、棄権は選ばないですよね」

「たぶんね。それをしたら、ビーコン自体の信用にかかわるもの」

「でも監督が変わった時点で提案も変えざるを得ないし、悪くしたらそれだってけっこう信用失いますよ」



その通りだ。

作品の方向性を握るのはディレクターだ。

プロデューサーの役目は、案件に最適なディレクターを探し、彼らの力を最大限発揮できる環境を整えることだ。


隠岐くんがいなくなった今、クライアントからお墨付きをもらった方向性自体を、キープできる保証がない。

よく似た作風の監督を探すか、がらりと変えて押し切るかしかない。

どちらも灯の流儀に反している。

やるとなったら、灯はマグマのような憤懣を飲み込んで進むことになる。


そんなことはさせたくない。

灯の胸の内を思うと、心が焼けつくように痛んだ。

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