クールな御曹司と愛され政略結婚
姉の応援の力か、灯の実力か、柘植監督は、なんと快諾してくれたのだった。



『今日のうちに三人で話したいそうだ。30分後でいいか?』

「大丈夫、スタンバイしとく」



テレビ電話での打ち合わせに向けて、PC内の資料などを整理しておく。

監督は「不肖の弟子のしたことだ」と灯に頭まで下げてくれて、残ったスタッフは全員そのままで、抜けたところだけ補ってチームを作ることを約束してくれたらしい。

『唯、やった!』と興奮した灯が電話してきたとき、バレーボールの試合でも、姉にこんな感じで喜びをぶつけていたんだろうなあ、とよけいなことを考えたのは内緒だ。


とにかく、灯はやったのだ。

後はもう、進むだけだ。



そこからも、順風満帆とはいかなかった。

監督が指名したカメラマンの都合がつかなかったり、カメラマンお抱えの照明スタッフがそろわなかったり、急ぎの案件にはつきものの、スケジュール調整の難がひとつ。

それからもうひとつ私たちを揺るがしたのが、創現広告社のクリエイターは、他社との仕事を原則として禁じられているという事実だった。



「そうなんですか」



東京に戻ってきた柘植監督と、ビーコンのオフィス内で打ち合わせをしている最中にそれを知った灯と私は、愕然とした。

大柄な身体に優しげな顔つきの柘植監督は「原則はね」と注意深く言う。



「少しなら許されているし、上長の許可が出れば大っぴらにもできる。どのみち僕は今回の件に関しては、なんとしてでもやらせてもらう気ですよ。そんな規則に縛られたら、面白いこともできなくなっちゃうからね」

「でも、お立場が悪くなるのでは」

「僕以外に、この仕事をこのスピードでできる奴はいないと思うけど」



ベテランの貫禄でにっこり笑われ、灯もそれ以上言えなくなる。

けれど、彼の社内の立場を侵してまで、こちらの不手際ともいえるこの事態の尻拭いをさせるわけにはいかないと、そう考えているのは私にもわかった。



「柘植さんの力は欲しい。彼はすごいな、自在で」

「すごかったね、あっという間に、いくつもアイデアを」



帰り道、取り急ぎ提案のめどがついた安堵感と共に会社を出る。

オフィスとマンションは、地下鉄で15分ほどの距離だ。
< 142 / 191 >

この作品をシェア

pagetop