クールな御曹司と愛され政略結婚
駅への階段を下りようとしたとき、それまでずっと考え込んでいる様子だった灯が、口を開いた。



「唯、おじさんと会わせてもらえないか」



驚いた。

その真剣な口調から、仕事の話をする気なのはわかる。

十中八九、柘植さんの状況を説明しに行くつもりだ。



「…柘植さんがうちと仕事できるように頼むつもり?」

「せめて黙認してもらえないかと、彼の上長まで話を下ろしてもらうくらいは、できるんじゃないかと思って」

「珍しいじゃない、灯がそんなふうに、個人的なつながりを使うの」



灯の目が、迷いを残してちらっと泳ぐ。

父親をその気にさせれば、社内のことはなんでも実現できる立場にいる灯は、それだけに潔癖で、そういう裏技めいたことを嫌ってきた。

私の指摘に、灯はぐっと歯を食いしばって、言葉少なに説明した。



「人のためならなんでもやる」

「今ならまだ会社にいるかも、確認するね」



私も灯と同じ理由で、父のコネや権力からなるべく遠ざかってきた。

でも、灯が本気なら、そんなのいくらでも曲げられる。


やりきろうね、灯。

一緒に。





「なんだなんだ、騒々しいな」

「ふたりとも、仲直りしてからべったりしすぎじゃない?」



父の秘書さんから聞いた料亭に行き、離れに案内してもらうと、聞いていた通り、そこで父と飲んでいたのはビーコンの社長、つまり灯のお父さんだった。

挨拶もそこそこに和室に上がり込んだ灯と私に、父が不思議そうな顔をする。



「灯くんも飲む?」

「おじさん、そのままでいいからちょっと聞いてもらえる?」



下座に正座した灯に、おふざけじゃないと見てとったんだろう、父の顔が、少し引き締まるのがわかった。
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