クールな御曹司と愛され政略結婚
いかにも気乗りしなそうに、あーあと伸びをしている。

先輩はグラスに残ったお酒を飲み干しながら、腕時計を見た。



「この時間からだと、泊まってけコースかな」

「最悪、裸のつきあいもあるかもね」

「俺、自分の親父とも風呂なんて入ったことないよ。そうだ、じっくり飲むとなったら、家のことも話さないとだなあ…」



「それ気になってたんだ」と灯がふと思い出したように先輩を見た。



「そんな無理やりな婚約の話が来るとか、お前んちって旧家かなにかか?」

「あれっ、お前にも言ってなかったっけ」

「聞いたことないな…」



記憶を探っているのか、灯が首をかしげる。



「親父、海堂寿一郎(じゅいちろう)っていうんだけど、これでわかる?」

「海堂寿一郎…」



口元に手を当てて考え込んでいた灯が、やがて愕然とした声を発した。



「海堂寿一郎!」

「あ、わかった?」

「えっ、灯、知ってるの?」

「『マルミ』のトップだ、わからないのか、唯」



灯の顔は、もはや蒼白だ。

『マルミエージェンシー』といったら、業界最大手の広告代理店だ。

でも。



「今の社長さん、そんな名前だった?」

「バカ、父親のライバル会社の重鎮くらい知っとけ。海堂氏は社長じゃない、オーナーだ!」



オーナー…。

…オーナー!



「マルミの今の社長は雇われだ。経営は実質、会長でありオーナーである寿一郎氏がしてる」

「その雇われ社長も、俺の姉貴と結婚して一族の仲間入りしたんだぜー」

「めちゃくちゃだな」

「子会社も無数に持ってるからね。連なりたいって奴が後を絶たないんだよ」

「待って、先輩が婚約を蹴って、お姉ちゃんと結婚したってことは…」
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