クールな御曹司と愛され政略結婚
金属製の携帯灰皿に吸殻を捨て、片手で箱を振り、煙草をくわえて火をつける。



「勤めてたときから、今みたいなことをやりたくて、資金も貯めてたし人脈も作ってた。でもそこに、母さんが見合いの話を持ってきた」



すっとした匂いの紫煙が、ふわりと姉の顔のまわりを包んだ。



「医者先生から小遣いをもらって、家を磨いて食事を作って帰りを待つ人生を送れと、つまりはそう言われたんだ。母さんのことは好きだったけれど、わかり合えないとは感じてた。それがあのとき決定的になって、だから逃げた」

「どうしてケンカしないで、逃げたの?」



姉がちらっと私を見て、複雑に微笑んだ。



「ケンカして、母さんを傷つけるのが怖かった」



姉は昔から、母より父と仲がよかった。

私たちの母はまったく勤めに出たことがなく、家庭的で朗らかな奥さまといった感じだ。

母には、自立心とチャレンジ精神の塊のような姉は理解できなかっただろうし、姉は母のそんな失望を、ずっと感じて育ったに違いない。

どうして私は、すぐそばにいたのに、それに気づかなかったんだろう。



「お姉ちゃん、お父さんとだけ、連絡とってたでしょ」

「お、よく気づいたね」



やっぱり。

姉の失踪からこっち、我が家では姉の話がタブーとされていた。

でもそれにしたって、あの子煩悩な父に、姉を心配する様子がなさすぎたことに、今ごろ思い至ったのだ。



「生存確認くらいしかさせてなかったけどね」

「灯との婚約の入れ知恵も、お姉ちゃん?」

「なに、唯子が仕事ばかりで男っ気がないのを、母さんが気に病んでると聞いてさ。また妙な縁談を持ってこられても困るだろ」



それで、灯とくっつけちゃえばいい、と父に進言したのか。

がっくり来る。

私も灯も、姉の手の上で踊っていたようなものじゃないか。

この事実を、あとで灯と共有して、一緒にうなだれるとするか…。
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