クールな御曹司と愛され政略結婚
「…いつまでそこにいるの」

「すぐ終わるらしいから、待ってやってる」

「気が散るからあっち行ってて」

「面白いから見てる」

「あっち行ってってば!」



腹が立って、灯の身体をぐいと押すと、その手を握られた。

歯ブラシをくわえた顔が、にやっと笑う。

片手で私の手を掴んだまま、私を押しのけて口をゆすぎながら、灯は「ないよ」と言った。



「え?」

「誰かと暮らしたこと」



身を屈めている灯の背中を、きれいだなあと見つめる。

真ん中がきゅっとくぼんでいて、腰のあたりから下は背骨が浮き出ている。

首にかけたタオルで口を拭きながら、灯がこちらを向いた。



「一度もない」

「家出てから、何年?」

「…12年?」



すると当然ながら、私は10年。

ふたりとも、かなり長い期間、自由気ままな一人暮らしをしてきたわけだ。

いろいろすり合わせが必要そうだ、この生活。



「結婚とか考えた相手、いなかったの」

「いなかったな」

「そこに一番近づいた相手って、どんな感じの人?」



反射的に口を開きかけた灯が、答える前に笑いだした。



「なんだその質問責め」

「なにも知らないんだもん」



親に「いいよ」と言うだけの婚約が済んでからこっち、おつきあいめいたことをするひまもなかった私たちは、デートすらしたことがない。

恋人っぽい会話をしたこともなければ、そういう雰囲気になったこともない。
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