クールな御曹司と愛され政略結婚
もつれる予感
「あれ、まだ苗字、佐鳥なの」

「仕事ではこのまま行くって言いましたよね?」

「なんだ、今日から野々原夫人って呼ぼうと思ったのに」



翌朝デスクに行くと、口々にからかわれた。

くそー、こんないじりくらいは覚悟していたものの、実際やられると案外、素で恥ずかしくなってしまい、悔しい。



「はいそこ、うちの嫁にセクシャルなハラスメントやめてください」



わずかな時間差で、灯がフロアに入ってきた。

一緒に家を出たものの、途中でカフェに寄る私とコンビニに寄る灯とで通勤の習慣が違い、駅を出てから別行動となったのだ。



「入籍早々"嫁"ときたか」

「もとから女房みたいなもんだろ、違和感なさすぎてつまらん」



みんな勝手なことを言っては、それでも「おめでとう」と祝福の言葉をくれる。



「昨日、せっかく休んだのに大変だったんだって? 阿部が走り回ってたよ」

「キャスティング会社に救われましたね、正直、あそこまで真剣にやってくれる会社って印象、なかったんですが」



デスクについた灯が、鞄をキャスターの横にかけながら答えた。

服装は各人の自由なので、ラフな人はTシャツにジーンズだったりする中、灯は比較的いつもフォーマルで、基本はスーツ、カジュアルなときもジャケットもしくは襟つきのシャツを欠かさない。

今日はカジュアルなほうで、黒いパンツに白いTシャツを着て、黒いジャケットを羽織っている。



「新しいとこ使ったんだっけ。うちとの仕事、欲しいんだろうね」

「そうかもしれません、話が来たのも、向こうからですし」

「うちも存在感出てきたもんだね。俺も今度LA案件のとき頼みたいな」

「紹介しますよ」



こういう業界、朝は遅いと思われがちだけれど、ビーコンでは、クライアントの時間に合わせて動け、というのが社長の方針だ。

いかにも、元代理店勤務だった灯のお父さんらしい考えだ。

そのためクリエイターはさておき、クライアントと直接やりとりをするプロデューサーは、一般企業の動き出す9時過ぎには出社している。

これがけっこう、クライアントからありがたがられたりする。
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