クールな御曹司と愛され政略結婚
「…海堂?」

「そう、久しぶり、野々原。あと唯子ちゃん」



私にも名刺を差し出し、いたずらっぽい目配せを投げてくる。

灯に少し届かないくらいの背で、でも顔が小さくバランスがいいのですらっと見える身体つき。

きれいな顔立ちの中で、自信たっぷりに微笑んだ目が印象的に光っている。

私はだいぶ考えて、その顔から10年余りの歳月を引くことに成功した。



「一樹(いっき)先輩?」

「正解、きれいになったなー、あと結婚おめでとう」



そう言って、ソファに置いていたひと抱えの花束を私に抱かせてくれる。

わあっ、山ほどのピンクのバラ!

自分の趣味とは別で、もらうならこういうかわいらしいのが嬉しい。



「あ、お前にはこれね、うちの最新のリール、とプレゼント」



一枚のディスクと、自社のノベルティらしき厚手のノートを渡され、灯が半自動的に受け取った。



「なんか野々原、動かなくなっちゃったからさ、俺らだけで話そ」



一樹先輩が私の左手を取り、ソファへ導く。

離す直前に、薬指のリングをじっと見つめ「面白くないなーこれ」とつぶやき、そこに軽いキスをした。

パーンと灯が彼の頭を、もらったノートでぶっ叩く音が響いた。



「いって!」

「お前、なにが『久しぶり』だ、もう少し言うことあるだろ!」

「だから、結婚おめでとう」

「そこじゃねーよ、なんだお前、ゼロの…」



再度名刺を確認し、灯の顔が歪む。

一樹先輩はスラックスに両手を入れ、にこにこと悪びれず笑った。



「代表取締役。まあ御社がくしゃみしたら吹き飛ぶくらいの小さい会社ですが、面白いもん作ってるよ。以後お見知りおきをね」



私は、目の前で名刺を引きちぎるようなまねだけはしませんようにと、灯の忍耐力に祈りをささげた。


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