クールな御曹司と愛され政略結婚
「今は忙しいから」

「あいつも切り替え下手だね。家に帰ったら旦那として、嫁さんかわいがってあげなきゃダメでしょ」

「先輩はそれ、できてるの?」

「んー?」



秘密主義は変わっていない。

自分の話はあまりしたがらなくて、聞いてもこうして、微笑んではぐらかす。

ステアリングを握る手を観察したけれど、指輪ははまっていなかった。



「唯子ちゃんは、なんで灯の下で働くことになったの」

「前の会社にいたとき、声かけられたの」

「野々原から?」

「ううん、全然関係ない人」



私は大学を出てすぐ、大手化学メーカーのハウスエージェンシーに入社した。

要するに専属広告会社だ。

クリエイティブディレクターとして、商品のカタログやCFを作る仕事をする中で、あるときビーコンと仕事をする機会があった。

灯のお父さんの会社だな、とは思ったものの、広告業界にいればビーコンとどこかでかかわって当然なので気にもせず、数回一緒に制作をした。


そして就職して3年目が終わる頃、ビーコンから誘いが来たのだ。

『プロデューサー職として、うちで働きませんか』と。


声をかけてくれたのは、制作部から私の話を聞いた、人事部の上のほうの人で、驚いたことに彼は、私が誰だか知らなかった。

創現の役員の娘であることも、ビーコンの社長と懇意であることも、その息子であり従業員でもある灯の幼なじみであることも。

そこが気に入って、転職を決めた。



「ハウスエージェンシーなんて、安泰じゃない」

「でもね、やっぱり専属だけあって、やってること同じになっちゃうの。なにを作るかより、どう親会社を攻略するか、みたいなことが主軸になってったり」

「なるほどね」



巨大な観覧車を横目に見ながら、一般道に下りることなく、先輩は首都高を流したまま、ぐるっと埋め立て地を回って再び都心に戻るルートに乗る。



「野々原の下に入ったのは?」

「偶然。灯がそれを知ったのも、決定してからだったんだって」
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