クールな御曹司と愛され政略結婚
危ういところで口をつぐんだ。

喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込み、急いで代わりを探す。



「お、お父さんは、玉ねぎとピーマンが嫌い」



声がつっかえた。


私がなにを言いかけたのか、灯が気づかなかったはずはない。

なにを言わずに済ませようとしたのか、気づかなかったはずはない。


でもそれには触れず、灯は私の前から、二人分のお皿をひょいと取り上げた。



「覚えとくよ」



まだ笑いを残した声。

調理台を拭きながら、唇を噛みしめた。


姉は好き嫌いが多かった。

灯もきっと、それを思い出している。


 * * *


百貨店のイベントホールで、化粧品メーカーのPRイベントが行われる。

イベント運営そのものは代理店が行うのだけれど、その中で使う映像の制作と、簡単な演出をビーコンが請け負っている。

埃っぽいビニールシートで覆われた床に座り込み、映像の投射距離や位置を厳密に調整するマッピング作業を見守っていたら、ジーンズの後ろポケットで携帯が震えた。



【ディナー相手に振られちゃった。一時間後に十番に来られるなら三ツ星の店でごちそうしてあげるよ】



一樹先輩からだった。

この間、プライベートの連絡先を交換したのだ。

設営を抜けることはできないので無理だけれど、すごく行きたい。

と考えたところで、灯の声が頭をよぎった。


──お前は昔っから、あいつにかわいがられると喉鳴らして喜ぶんだ。


うるさいな!

向こうが私のツボを心得てるんだから、仕方ないじゃない。

電話すると、すぐにつながった。
< 64 / 191 >

この作品をシェア

pagetop