クールな御曹司と愛され政略結婚
あっ…。

しまった、本音が出た。

「なんでもない」とごまかしてはみたものの、鋭い一樹先輩を、これでかわせたわけがない。

先輩は少し沈黙してから『唯子ちゃん』と諭すような声を出した。



「…はい」

『どんなに兄貴っぽく思えても、あいつに妹なんか、いないんだぜ』

「えっ?」



切れてしまった。

最後の、どういう意味だろう。

一樹先輩らしい、謎かけみたいな物言い。


これはもう、時が来るか本人に口を割ってもらうかしないとわからない。

いいや、とあきらめて、携帯をポケットに戻し、一晩まるまるかかりそうなセッティング作業に意識を戻した。



 * * *



「で、先輩となに話したの?」

「オムライスで発覚した食文化のギャップについてとか」

「茶化さないで教えてよ!」



PRイベントを日曜に終え、灯が寝た後に家に帰り、翌日は一度出社して、夕方からまたロケのために関東の北部まで来ている。

半年続いた怒涛の仕事ラッシュも、この仕事が終われば、一息つける。


30代女性向けのファッションブランドの夏セールのCFで、薄明の大地を、夏の商品を身に着けた女性が歩くシーンを撮ろうとしている。

二泊のロケで、二回の夜明けと二回の日没を狙う予定だ。

つまり今夜は、夜通しセッティング、リハ、夜明け待ちという徹夜コース。



『30代のどこかで、体力的限界が来そうだなあ』



照明用のトラスが組みあがるのを見ながら、ぽつりとつぶやいた灯の気持ちもわかる。
< 66 / 191 >

この作品をシェア

pagetop