クールな御曹司と愛され政略結婚
「お疲れさまです、どうしました?」

「私、こういう仕事って初めてで。なにが起きているのか、誰がどういうポジションなのかもさっぱりなんです。説明していただいてもいいですか?」

「もちろん。気づかず失礼しました、ご案内します」



吉岡(よしおか)さんという女性の背中に手を当て、設営現場の照明のほうへ連れていきながらあちこち指して説明する。



「後で挨拶させますが、彼がディレクター、この制作を統括する監督です」

「野々原さんの立場と、どう違うんですか?」

「僕はプロデューサーという肩書で、費用面やクライアントさんとのやりとりなど、制作以外の部分も含め、プロジェクト全体を仕切ります」

「一番偉い人?」

「そう、僕を怒らせると、監督ですら金がもらえません」



吉岡さんのはしゃいだ笑い声がした。

たぶん、灯と同じか、少し上くらいの年齢の人だ。

業界の例に漏れず、隙のない容姿のきれいな人。



「実際のところは雑用係ですけどね。で、ドリーと言いますが、レールに載っている台車の上の彼がカメラマン、そばにいるのが、特機屋と呼ばれるオペレーターです」

「みんな違う会社の方なんですか?」

「そうです。この世界は専門がものすごく細分化されていて、今日だけで40名くらいのスタッフがいますが、全員が自分だけの仕事を持っています」



ふたりの話し声が遠ざかっていく。

暗い中で、腕時計は役に立たず、携帯の時計を見た。


カメラを回し始めるまで、4時間ほどある。

どこかで吉岡さんだけでもホテルに送っていって、休んでもらったほうがいい。

いや、でも彼女はここにいたがるかもしれない。


隙間のない香盤表を頭に浮かべながら、吉岡さんをどのタイミングで休ませようか悩んでいると、灯がひとりで戻ってきた。



「唯、俺、彼女をホテルに送ってくから、ここ頼む」



言いながら、背後で設営を眺めている吉岡さんを親指で指す。



「わかった」

「また連れてくるときまで、俺も向こうにいるかもしれない。あまり体調が万全じゃないらしくて、誰かいたほうがよさそうなんだ」

「代理店さんじゃダメなの?」
< 69 / 191 >

この作品をシェア

pagetop