クールな御曹司と愛され政略結婚
「はいカット」

「リプレイ出します」



必要のない物音はいっさい排除された、張り詰めた空気。

カメラマン以外は、ビジコンと呼ばれるモニタで映像を確認する。

私と灯は、カメラにほど近い位置で、ひとつのビジコンを見つめていた。



「次、1、2、3、のタイミングで一瞬立ち止まってください」

「はい」



女優さんがうなずき、スタート地点に戻る。



「誰か、カウント出してもらっていいですか」

「俺が出す」



灯が監督のそばに寄った。


もう日没まで間もない。

何度もリテイクする時間はない。

失敗の許されない場面では、どんな細かいことであろうと、全責任を負う立場にある灯が自ら動くのだ。



「アクション」



カメラの後ろから、灯が腕を伸ばし、指でカウントをとる。

女優さんがそれに合わせて、指示された場所まで歩き、止まる。



「カット。次、靴脱いだバージョンいきます」



スタイリストさんが駆け寄り、女優さんの足からキャンパス地のスニーカーを取り上げた。


いい具合に雲が空に浮いている。

なにもない空より、少しこうして雲が張っていたほうが、表情が出る。

これまでにも十分いい画は撮れているものの、今日撮れる画が、おそらくもっともいいものになるという予感が、きっと誰の胸にもある。


オレンジ色の巨大な夕日が、ちり、と音がしそうな風情で地上に触れた。

狙う薄明のタイミングまで、もう秒読みだ。

灯は腕を組んで立ち、木箱に座ってビジコンをのぞき込んでいる監督の後ろから、同じ画面を見下ろしている。

「回ってます」とカメラマンが監督にささやく声すら、響き渡った。
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