クールな御曹司と愛され政略結婚
ビーコンの社長、すなわち灯のお父さんは、独立に際し誰にも言わず、代理店の優秀なスタッフをぞろぞろ引き連れていった。

これは当然ながら、代理店側を怒らせた。


特に表立って腹を立てたのが、当時営業部のナンバーツーまで昇っていた私の父で、社内での影響力にものを言わせ『創現(そうげん)広告社は、ビーコンとは一切の取引をしない』という不文律を敷いた。

盟友だったからこそ、裏切られたようで許せなかったんだろう。

ふたりの関係は個人的にもこじれ、それまでしょっちゅう行き来のあったわが佐鳥家と野々原家の交流は断絶した。

かのように見えた。



「が、父親同士が勝手に始めたケンカに巻き込まれる筋合いはないので」

「佐鳥さんたちは普通に仲よくしてらしたわけですね」



映画配給会社の宣伝担当の女性が、くすくすと笑う。

夏休みに当てて公開される洋画のトレーラーの打ち合わせに来ているところだ。

父たちの仲たがいは、業界内のタブーとして誰もが知るところだったため、それがついに解消されるという情報も、またたく間に広まった。

ついでに、仲直りのしるしとして娘と息子を結婚させるという嘘みたいな話も。



「弊社で一番取引が多いのが創現さんなので、そちらを通して佐鳥さんたちとお仕事できたら、実は助かります」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」



今担当している他店の営業員さんが、本気で焦った声を出した。

そうだろう、創現広告社がビーコンとの取引を解禁したら、仕事が減ってしまう代理店さんが続出するはずだ。

大げさでなく、業界の勢力図が変わるだろう。

ちなみに解禁は、私たちの結婚式、つまり入籍の翌日と告知されている。

式も入籍も、もはや自分たちの人生のイベントという気がまったくしないのも当たり前だと思う。



「ちなみに、なぜ突然仲直りを?」

「端的に言えば、さみしくなったみたいです。弊社は去年が設立20周年だったのですが、つまりはケンカ20周年ということで、いい加減頭が冷えたらしく」



双方、仕事の上でも損しかしていないという事実から、ようやく目をそらすのをやめたのだ。

バカな父たちめ。
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