クールな御曹司と愛され政略結婚
物音ひとつしない中、野々原家の門の扉が閉まる、カシャンというかすかな音が聞こえて、私は窓から外をのぞいた。

通りに面している私の部屋からは、灯の家が見える。

門から離れて歩きだしたのは、灯だ。

部屋の時計を見ると、11時。

コンビニにでも行くのか、ゆっくり煙草を吸いに公園にでも行くのか、いずれにせよ私は、連れていってもらおうと思い、部屋を飛び出した。



「ちょっと出かけてくる」

「こんな時間に?」



「灯が一緒だから」と答えると、それだけで母は「そう」と満足する。

昔から変わらない。


灯が高校に入ったあたりから、向こうも夜出歩くことが増えて、私も遊びを覚えたい時期で、よくこうやって追いかけては混ぜてもらっていた。

といってもカラオケとかゲームセンターとか、健全な遊び場ばかりだし、時間もここまで遅くはない。

女の子がいるときはあまりなくて、たいていは男の子数人でわいわいしていた。

一樹先輩がその中にいるときもあった。

灯が煙草を吸うようになったのを、家族の誰より早く知っていたのは私だ。


たまに強靭に追い返されて、どうしても連れていってもらえないこともあった。

今思うとあれは、女の子入りで遊ぶときだったんだな。


あのころの灯は、どんなことを考えて生きていたんだろう、なんて想像しながら夜の住宅街を歩く。

びっくりさせようと、少し前を行く灯に、あえて声をかけずにおくことにした。


灯の目的地がコンビニでないことは、すぐにわかった。

曲がるべき場所を次々無視して、まっすぐ歩く。

やがて住宅街を抜けて、さびれた建物の並ぶ旧商店街に出た。


しんと静まり返ってはいるものの、路地の裏の黒々とした濃い影に、なにが潜んでいるかわからない緊張感が一帯を覆っている。

このへんは、夜に女ひとりで歩くにはちょっと心細い。

灯の足取りに迷いはなく、どこかを目指して足早に進んでいく。


怖くなって、もう声をかけてしまおうと思ったとき、足元を猫かなにかがさっと通りすぎ、私は悲鳴をあげそうになった。

それに気を取られているうちに、灯の姿を見失ってしまう。

あれっ、しまった。

こんな場所、引き返すにしたってひとりじゃ嫌だ。


灯が消えたあたりの路地をのぞくと、なんと営業中であることを示すバーのボードが、オレンジ色のライトを受けて路上に立っている。

どう考えてもそこに入ったんだろう。
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