【短編集】その玉手箱は食べれません


 理由はわかっている。老人の描いている絵を何度も横目で見たことがある。


 まず手始めに面相筆の毛におまじないでもかけるかのようにフゥ~と息を吹きかける。大胆な構図と赤いアクリル絵の具だけで濃淡をつけ、見事な筆さばきを展開させていく。


 挨拶程度しか会話をしたことはないが、顔の皺の数だけ哲学を持っているような重厚な人間味を感じる。


 老人からこぼれてくる客を拾うこともできたが、最近は私の方など見向きもされない。腕が見切られているのだろうかと有り得ない不信感さえ募ってくる。


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