ROAD LESS
3話 アダンの裏側

ーーーーーーガンッ!!!

耳に届いた大きな音に目を覚ました。

「オイ!いい加減にしろ!」

大声を上げながら壁を蹴りつける一人の男が視界に入り、ゆっくり辺りを見回した。

何もない、無駄に広い部屋。

そこで声を上げる男ともう一人、部屋の隅で蹲る様にして座っている男がいる。

身体に残る僅かな痛みに眉を寄せながら立ち上がると、声を上げていた男が気付いて鋭い目を向けてきた。

「オイ、お前なんか知ってるか?」

今起きたばかりだというのに分かる訳ないだろ、胸の内でそんな事を考えながら首を傾げると男は舌打ちした。

「クソッ、見てないで開けやがれ!」

上を見上げて叫ぶ男につられて同じ様に上を見た。

高い天井を見上げると上部一面ガラス張りになっていて、その向こう側から男女様々な奴らがこの部屋を見下ろしていた。

ぱっと見二十人ぐらいはいるだろうか、皆貴族らしき立派な服に目が痛くなるような飾りを付けているのが分かる。

「なんだってんだよ!オイ、お前も一緒に開けろよ!」

扉を蹴りながら振り返った男が声を上げた時。

ーーーーーーーゴオォォ

大きな音を響かせながらさっきまで男が蹴っていた扉がゆっくり開いていく。

「なんだよ、開けるならもっと早く、、」

男は途中で息を呑んだ。

その意味を理解して腰元の剣に手を触れる。
開かれたその扉の向こうから漂う気配、そして殺気。

完全に開いたその向こうから見えたソレに、ひっと声を上げたのは部屋の隅でじっと蹲っていた男だった。

ゆったりとした足どりで部屋に入って来たソレはまるで品定めでもするように一人一人に目を向けた。

「なっ、なんっ、、」

さっきまで扉を蹴っていた男はもう動く事も出来ず、目の前のソレを見てガタガタと震えていた。

目の前に現れたソレは、狼に似た姿の魔物だった。

と言っても体長は3メートルを超える巨大で鋭く細められた両目の間、額にはもう一つ緑色の目があり、その姿はまさに化け物だ。

大きく開かれた口からポタリと血が垂れ落ち、嫌でもこの状況を理解してしまう。

チラリと上を見上げるとこちらを見下ろす男女の目が興奮したようにギラついている。

なるほど、ここは馬鹿な貴族達の遊び場でありアダンの裏の顔ということか。

「うわあぁあぁぁ!!!」

我慢の限界を越えた男の叫びに、魔物が動き出す。

「どけ!」

立ち尽くしている男を蹴り飛ばし向かって来る魔物の攻撃を剣で受け止める。

鋭い爪を弾き返すと、すかさず牙を向けてくる。

それをしゃがんで避け魔物の下に潜り込むと腹めがけて剣を払う。

「ウガゥ!!」

一瞬早く後ろに飛び退いた魔物の腹を僅かに剣が掠める。

体勢を低くした魔物に向かって駆け出すと、それに続いて魔物が跳躍する。

大きな口から覗く牙を横に飛び退いて避けながら、斜め上に剣を払う。

魔物の肩を斬りつけた途端、緑色の血が辺りに飛び散る。

「ひえっ!」

「邪魔だから下がってろ!」

視界に男が映ったのを見てそれだけ叫ぶと、魔物に休む事なく攻撃を加え続ける。

魔物の動きは確かに早いが、目で追えない訳ではない。

殺れる。

壁を蹴って勢い良く突っ込んでくる魔物に、こちらも突っ込んで行く。

魔物の爪を身体を捻るようにして逃れ、顔面に飛び上がると、そのまま額でギロリと動く目をめがけて剣を突き刺す。

「ギャアアァァウゥ!!!」

肩から出た血とは比べ物にならない程の血が噴き出し、床を緑色に染めた。

咆哮を上げながらジタバタと暴れ狂う魔物が、やがて動きを止めた。

「つ、、強えぇ、、」

剣についた気味の悪い血を払って振り返ると、呆然と立ち尽くす二人の男。

「お前等、アダンの挑戦者か?」

「そ、、そうだ。だがその前に来いって言われて、気付いたらここに、、」

飛び散った魔物の血がかかったのだろう、服に付いた緑色の血を拭き取ろうとして袖で拭ったが逆に広げてしまい、やれやれと肩を落とした男が腰を下ろした。

「俺も挑戦しようと思って、、でもやっぱり怖くなって、、帰ろうとしたんだけど、、」

俺も含めて選抜されたわけか、この遊びに。

少女を探してくれと頼んで来たあの男も、初めからそれを狙って俺に声を掛けたのだろう。

「なぁもういいだろ!早くここから出してくれ!!」

上を見上げて男が声を荒げたが、無理に決まってる。

この遊びに良い終わりなんてあるはずがない、これはアダンの裏の顔、知られてはいけない事実。

ーーーーーーゴオォォオォ

再び重い音を響かせながら開いた扉の向こうに見えた魔物の姿に、二人の男は今度は声を出さなかった。

いや、出せなかった。

ここの秘密を知っている者が外に出られる訳がない。

つまり、初めから生きて帰す気などない。

不気味な目を向けてくる六体の魔物。

さすがに、男二人を守りながら六体まとめて相手をするのは厳しい。

「、、どうしたもんかな」

ーーーーーーーードオオォオン!!!

「こ、今度はなんだよ!!」

体勢を低くし、剣を持つ手に力を込めた瞬間、耳の奥まで響くような鈍い音と男の悲痛な叫びが聞こえた。

突然目の前の壁が崩れ、天井もろとも落ちてきた。

その崩落に巻き込まれた魔物達は瓦礫の下へと押しつぶされ、叫ぶ暇もなく息絶えた。

崩れた上の方から貴族達が騒いでいる声が聞こえてきた。

「こっち!」

ふと聞こえた声に目を向けると、崩壊して穴が空いた壁の向こうに小さな影を見つけた。

「逃げる、こっち!」

それは、あの少女だった。
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