最低彼氏にはさよならがお似合い
ひとり、またひとりと仕事を終えた社員が帰っていく。
私だっていつもならその一人に混ざっているし、幸いなことに今まで最後の一人になるまでの残業したことはない。
高橋が終業間際にほぼ決まりかけていた広告の金額の訂正版データを消失しなければ。
「ったく、」
カタカタとキーボードをうちながら、毒づくぐらい許してほしい。
普段なら2日3日かける量をほぼ一晩で仕上げろというのだから。
頭の中がぼんやりしてきて、視界もどことなくかすんできた。
これは眠くなるやつだ、仕方なく冷めきった珈琲を飲み込んで新しくコーヒーメーカーに豆をセットした。
私が最後の一人だと思ったのに、近くにまだ明かりのあるデスクがもうひとつ。
少し躊躇ってから声をかける。
「………………水瀬、珈琲飲む?」
「……ああ、夏帆頼む」
ふわり、香る珈琲の香りに肩の力を少し抜けば引き寄せられたかのように水瀬も近づいてきた。
「夏帆がこの時間まで残ってるの珍しいな」
「高橋が馬鹿やらかさなきゃ、帰れてたの」
「その高橋は?」
「3分の1やらせてあとは帰らせたわ。」
「手伝おうか?」
「水瀬の方が仕事多いでしょ、わざわざ厄介事抱え込まなくても。残りは打ち込みだけの単純作業だし」
「夏帆は、変わってないなあ」
ぽつり、落とされた言葉に水瀬の顔を見上げれば思いがけず柔らかく笑んでいて、言葉が飲み込まれた。