思い出す方法を教えてよ
走り続けた私は、ついこの間バランスを崩して落ちた階段の近くまで来ていた。

「待って!」

夏樹の声が追いかけてくる。

『待って、理央!』

あの時と同じだ。ハッとした時には、もう遅かった。体が傾く。

「危ない!」

ああ、そうだ。あの時も、夏樹は落ちそうになった私を庇って、一緒に落ちた。


うっすらと目を開けると、すぐそこには夏樹の顔があった。その瞬間、何かが弾ける音を聞いたような気がした。

『もうやめよう、夏樹』
『えっ?』
『夏樹は人気あるし、きっと私よりお似合いの子がいるよ』
『理央!』

そうだ、忘れていた。藍が困った顔をしていた理由がやっとわかった。
記憶を失ったのは、夏樹だけじゃなかった。

目の前の夏樹のまぶたが動いて、ゆっくりと目が開く。ぱちりと目が合うと、夏樹は笑った。

「理央」
「うん」
「理央も忘れてたよね」
「うん、忘れてた」

それしか言えなかった。それで十分だった。夏樹が名前を呼んでくれる。それだけでものすごく嬉しかった。

「ちょっと、何やってんの!?」

慌てた声が上から降ってきて、藍が階段を駆け下りてくる。

「ねえ、何やってんの!危ないって言ったのは理央じゃん!」

違うよ、藍。わざとやったわけじゃない。確かに同じ状況になったけど、記憶を取り戻すために同じ状況を作るつもりはなかったんだよ。

何か言わなきゃと思うのに、口は動いてくれなかった。藍の声が小さくなっていく。
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