恋色流星群


聞こえるはずのない時計の針の音が。
響いた、気がした。



私はまた。
一番弱い部分に、素手で触れてしまった。


彼の言う、“最後”。

もう隠すことさえしなくなった、覚悟。






閉ざされた視界の中で、舌の上の桜桃をそっと、噛んだら。

甘酸っぱい、果実の液が広がった。






見えない、ぶん。

陽斗くんの声を辿る聴覚と。

与えられる桜桃を求める味覚に。


全神経が、研ぎ澄まされてる。













「青木さん、に。どこかに行こうとか、誘われた?」

『え?』


思わぬ、一言に。
危うく、小さな種を飲み込むところだった。



「航空会社の封筒。テーブルの上にあったの、見えたから。」




他の男の唇の痕だとか、押し付けられた置き土産だとか。

陽斗くんには、余計なものばかり見られてしまう。




『誘われた・・・っていうか。彼、ヘアメイクの仕事してるんだけど。アメリカにいるんだよね。
向こうで一緒に仕事をしないかって、そういう誘われ方なら、したけど。』



止まる、と思っていた小鳥の餌は。

変わらず指先と共にやって来て、慌てて唇を開いた。




「行くの?」

『うーん・・・。』






自分の反応に、はっとする。

“却下。行かない。”

ただ、そう決めてたはずなのに。







陽斗くんに聞かれて、初めて。

蘇る翔さんの仕事の煌めきに、胸を熱くさせてる自分に気づく。









『なんか、ちょっと最近自分の仕事のこととか、悩んだりしてたから。これからのこと考えると・・・。』




正直、揺れたのかもしれない。



いつまでできるか分からない、夜の仕事と。

翔さんの後ろで煌めいた、新しい世界。

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