恋色流星群
扉が開いた瞬間、水を打ったように静まりかえる見慣れた風景に。
『え、な、なに…?!』
今日は私休みだったけ?と、狼狽える。
それとも、未だ酷く。
腫れ上がった、私の目のせいか。
『おはよー…
って、あれ?今日営業でしょ?なに?!』
「お、おはようございます…」
サッと目をそらして、散り散りに持ち場へ逃げるボーイくんたち。
大声で泣くことは、思っているよりもずっと体力を使う。
身も心も、これ以上にないほど重くなっていた私は。
それでも、老体に鞭打って、花金のために出勤したのに。
『あ、葵ちゃん!』
奥のストックルームからワインボトルを抱えて現れた葵ちゃんに。
アウェイ感に耐え切れず、慌てて声をかける。
…が、顔を上げた、その瞳に。
『…ぶっ!!!!!笑』
私は握っていた事務所の鍵を、音を立てて落として吹き出した。
私に負けず劣らず。
ぱんぱんに腫れて、盛り上がった瞼。
その下から覗く、つぶらな瞳が。
『どーした!面白すぎるんだけど!』
「あんたのせいでしょうが~!」
悲鳴にも似た叫びを上げて、内股で立ちすくむ。
近くにいたボーイくんが走ってきて、葵ちゃんの抱えていたワインボトルをそっと受け取った。
『私のせい?なんでよ~』
「みずくさいわよ!まさかあんたに、こんな裏切りを受けるなんて思ってなかった!」
『だからなんの話?
…ていうか、ほんとその顔やばいよ。笑』
「いきなり、辞めるなんて。
あたしやこの子たちを捨てる…」
始まった嗚咽で、続きが聞き取れない。
だけど、なんとなく彼…彼女の泣き腫らした瞳の理由は、伝わった。
いつの間にか、痛いほどお店の端々からボーイくんの視線が突き刺さってくるし。
ちゃんと話したいけど。
一週間で一番の、稼ぎどき。
『とりあえず言っとくけど、私まだ辞めないよ。』
私はここを、守らないといけないから。
「まだって…!!」
『揚げ足とらないでよ。そりゃ、いつかは辞めるでしょ。
だけど、まだ辞めないから。』
だから、そんな顔で。
「…。」
『また、終わったら話そ。
私、葵ちゃんに話したいことあるから。』
「…何でも、話してくれる?」
『ずっとそうしてきたじゃん。
何でも聞いてよ。』
いつか別れるその日を、予感させたりしないでよ。