恋色流星群
この、意味深な口ぶりと。
少し開いた襖の向こう、カウンターに手をついて親しげに大将と女将さんと笑う、直生さんの横顔に。
嫌でも、気持ちが舞い上がる。
「びっくりした~。
いっつも一人で来るのに、いきなり女の人連れてくるっちゃもん!」
もしかしたら、だから?
私を見たときの、絵に書いたような驚きの反応。
居心地の悪さを与えるほどの、食い入るような視線。
「ねぇ!」
こぼれ落ちそうなほど、キラキラを蓄えた瞳が。
私を嬉しそうに、覗き込む。
「ほんっとうに、彼女じゃないと?」
「知恵ちゃん。」
真上から、直生さんの声が降ってきた。
「ナイスネタふりありがと~。
けど、今日直生さんは大人の話してるから、そろそろあっち行こうね。」
「けちぃ!
ていうか、大人の話ってなん?!えっちー!」
八重歯を見せて笑いながらも、“知恵ちゃん”は、あっさり腰を持ち上げた。
頬を膨らませながら、襖を閉めて。
見えなくなる瞬間、私にさっと片目を瞑って。
「瀬名さん、雲丹食べれる?
大将が、今日はいいの入ったって。」
「大好きです!」
知恵ちゃん、のおかげで。
喉に引っかかっていた小さな骨は、すっかり溶けて。
やっと、まっすぐ。
直生さんに、返事ができた。
「瀬名さん、チョコの名字知ってる?」
「千代くんの?」
「あ。」
「あ!」
一瞬で終わったな、と。
直生さんは困ったように笑いながら、トウモロコシの天ぷらをよそってくれた。
「チョコがさ、自分にも名字あること、社内でも知らない人がいるって拗ねてたから。
瀬名さんなら、知ってるかな?と思って。」
「一応、スタッフですから。笑
チョコさんの気持ち、ちょっと分かります。
私は、“瀬名”があだ名なんで、逆に名前忘れられてますもん。」
「え?!瀬名さん、名前あったの?!」
直生さんは、大げさに。
目をパチパチさせながら。
箸まで、転げさせて見せた。
か、可愛い・・・。
なんか、もう。
なんかもう、すごくいい。
「そりゃありますよー。
けどいいです、知らなくても。」
そんな、可愛い姿を一人アリーナで見せてもらえて。
名前だけ知られてる偉人よりも、ずっとずっと幸せです。
「や、ごめん。本当は知ってるよ。」
「はいはい。
って、そんな気にしてないんで大丈夫で、」
「“亜由子”」
電光石火、意識は飛んだ。