恋色流星群
 

素の俺が見たいと。
苦しんだり、もがいたり、焦ったり。
そうした生身の俺が見たいと、付き合っている頃ねだられたことを思い出す。

そう、してるつもりだったのに。
ちっともそうはなっていなかったことを。
大人なこの人は、気付いていた。




「沖縄にいるって聞いたとき。
今なら、話せる気がしたんだ。」


空虚な瞳に、訴える。


「デビューしたての頃。
俺が、夜中にいきなり吐いたことあったろ。」


「・・・ああ!あったね!笑えたね。」


「そう。お前笑ったんだよ。
俺は全然、笑えなかったんだけど。笑

だけど、お前服汚されてんのにゲラゲラしながら、“そんなに無理なら、二人で沖縄で洋服屋でもやる?”って。
そう言ったの、覚えてる?」



俺だって、同じように。
君を、離さないといけない。


新しい人を。
守るために。



「・・・忘れた。」

「あの時、お前がああ言ったから。
俺はここまで、やって来れたんだと思う。」



日本一の脱落者になっても。
側を離れないと、言われた気がしたんだ。

どれだけ、肩の荷が下りたか。
どれだけ、息ができるようになったか。

沖縄にいると聞いたとき。
会わなければ、が。
会いたい、に変わった。

今生の別れになるつもりで。
愛した人を、見送りたかった。





「・・・もういい?私、この後仕事なのよ。」


僅かに、色を取り戻した瞳が。
薄い水の膜を作って、大きく波打つ。

この人が、これからここで見る景色が。
こんなに綺麗な、海ばかりになりますように。


「そろそろ思いついた?悪人になれる、酷い言葉。」





















「最低。」

「うん。」

「それを私に言おうと思ったところが、本当に最低。」



深い、溜息の後で。
憑き物が落ちたように、穏やかな顔をした。



「これでおあいこ。
私がしてきた酷いことも、今ので帳消し。」



立ち上がろうとするのを見て。
できるだけさりげなく、伝票を取り上げようとすると。

華奢な手がそっと、制止した。


「大体そういうのは、彼女に直接言いなさいよ。」



穏やかな風が吹いたら。
知らない香水の香りが、舞い上がった。


「ばいばい、航。

解放してあげる。」






去っていく背中を、初めて見たと思った。
いつもこの人には、見送られていたんだと気づく。

やっと、自由へと放り出された身体。
血が巡り始めるのと同時に、一秒も待たずに欲する人。








東京へ帰る。

彼女を、迎えに行く。
 

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