恋色流星群
一週間休むために、店長から出された無理難題。
前倒しで、売り上げを入れていくこと。
若干の不安がなかったわけではないから。
帳尻合わせに、ラストのお客さんは倫くんに頼んでおいた。
だけど、目標は昨日のうちに大幅達成。
それでも来てくれた、困ったように笑うこの人が好き。
久しぶりに会った、家族のように。
オーダーしたドリンクにも、ほとんど手をつけずに。
私はひとしきり、溜まっていた近況を吐き出す。
頷いたり、顔をしかめて見せたり。
この人は、相槌の天才だと思う。
『・・・てわけでね、これ翔さんに渡しといて。』
積年の思いのこもった預金通帳を、抜き出せば。
クラッチは、驚くほど広く軽くなった。
「自分で渡せばいいのに。
またいつか、会うこともあるだろ。」
『会わないかも。そう思って、言ってる。』
分かったよ、と。
倫くんが笑うと、ウィスキーに溺れたアイスが小さな音を立てて崩れる。
私の、三年間の意地とプライドが。
倫くんの日に焼けた手に渡った瞬間。
最後の憑き物が、落ちた気がした。
『よーし、そろそろ歌っちゃおうかな~♡』
時計を見れば、閉店までもうあと30分足らず。
下手に今下りれば、アフターに誘われる可能性もあるから。
ギリギリまで、ここにいようと思う。
そんなことももう分かっている倫くんは、当たり前にデンモクを渡してくれる。
「レパートリー増えたか?」
『増えないよ、ていうか増やしません。』
生粋の横浜育ち。
少し遠いけど、私は横須賀の歌姫が大好き。
伝説の引退式には、子供ながらに鳥肌がたった。
初めて見た、女の潔さ。
振り返らない、小さな背中は。
暗くなる頃家を出て行く、ママにも見えた。
私の独壇場。
倫くんの反応を気にせず歌うけど、目を離されると怒る。
『ありがとう~♡』
久しぶりに楽しくて、小ステージの上からたった一人の観客に手を振れば。
いつも通り、笑って振り返してくれる倫くんの横に。
インカムに手を当てたボーイくんが、そっと跪いた。
このカラオケの爆音に負けないように、耳へ顔を寄せて何かを伝えてる。
倫くんは、2,3回頷いて。
何か、答えたように見えた。